パワハラの責任 組織の統轄と人権

パワハラの責任 組織の統轄と人権

降格処分を不当として元管理職が提訴

ある日、不動産仲介のT株式会社を経営するM社長が相談に見えた。M社長は、今年めでたく古希。この春に長男に社長職を譲り、会長職に退くことが決まっていた。豪放磊落な人物で、1代で今の会社を築いた。気性は激しいが、情に厚く、近年絶滅危惧種のようになってきた、いわゆる「たたき上げの男」である。

松江「社長、息子さんの社長就任パーティもうすぐですね。楽しみにしています。彼が中学生のころから存じ上げている私としては感無量ですよ。」

M社長「先生、ありがとうございます。実は、代替わりを見据えて会社の組織の改革を行ってきたんですが、そこで問題が起きてしまいまして。経営を合理化するに当たって、これまで実績が上がらない従業員でも、長年仕えてくれたことに報いようと管理職にしてきたんですが、そういうことも言っていられなくなりまして、管理職のうち2人を降格にしたんです。そしたら、その2人から不当労働行為だ、降格後の人事は自分を卑しめるものでパワーハラスメント(以後、パワハラ)だと、損害賠償請求を起こされてしまったんです。家族と思って面倒を見てきて、私だって彼らが期待に応じて頑張ってくれれば、こんなことしたくなかったし、何度もチャンスをあげてきたのに・・・。」

嘆息することしきりの社長であるが、降格が適正な処置であったかどうか、また降格した後の処遇内容も適正であったかどうかによっては、パワハラとされかねない。さて・・・。

職場のパワハラの定義と裁判例

職場のパワハラの問題は近年注目される企業の課題である。厚生労働省は2012年1月30日、職場におけるパワハラを、「同じ職場で働く者に対して職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」と定義した。

職務上、どうしても、部下を叱咤したり、責任を取らせたり、時には降格などの処分をしなければならないことがあるのは組織として当然である。しかし、それが適正な範囲を超えて、ハラスメント(嫌がらせ)となったときには、会社は不当労働行為として責任を負わされることがある。特に、程度が激しく、当事者が自殺に追い込まれた事案などは、会社として安全配慮義務違反(こちらは雇用契約上の派生責任)を求められることもあり、厳しい事態となる。

パワハラとされる具体的な行為は、暴力や脅迫などの犯罪ともされる行為から、暴言、職務妨害、降格、私生活への過干渉、仲間はずれなど、実にさまざまである。

裁判例は、前述した従業員が自殺に追い込まれた事案(会社の責任は否定、高松高裁09年4月23日)や、特定の思想を持つ従業員を監視したり、ロッカーを無断で空けた行為が問題となった事案(会社の責任を認定、最高裁小法廷1995年9月5日)、管理職に対する降格の適正性が争われた事案(降格は違法ではないが、元管理職の女性を、20代女性が行う受付業務に配属したことに会社の違法性が認められた、東京地裁95年12月4日)など、多岐にわたる。

総じて、会社の統制行為の適正性をどこで踏み越えたと言えるかが議論の焦点となっている。

争点は降格の適正性と降格後人事の適正性

T社のケースは、全社一丸となり、会社経営の合理化を議論した上で、管理職らもきちんとした研修を受けることを義務づけ、タイムスケジュールの管理や、案件処理の透明化など、可視性を強め、また細かい勤務評定を課すことで、まず管理職が率先して会社の雰囲気を引き締め、士気を上げることを意図したものであった。

しかし、ほとんどの管理職が同意するなか、当該管理職2人は、規則に縛られるのは嫌だ、長年勤めた自分たちを数字で評価するのかとまったく協力する様子がなかったため、T社としてはやむなく管理職から外したのであった。

この管理職から外した行為は、会社の経営の合理化に対して、協力できない者を管理職に据え置くことはできない会社の組織防衛の必要性があるため、やむを得ないことと認容される可能性が高かった。

しかし、降格後の人事が、同じ部署で降格させた上、元部下を代わりに管理職にし、その下と位置づけていたため、これは適正の範囲を超えるのではないかと裁判所に示唆された。確かに、これは少しやり過ぎである。

結局、会社側が外部から採用した新しい管理職の下、新しい部署を新設し2人を配属すること、それまでの間、管理職手当は維持すること、で和解が成立した。

パワハラを予防する会社の体制づくり

本件のように、経営の合理化と人権がぶつかるケースは、それまでの経営体質、従業員との関係そのものが問われることになり、前号で取り上げたセクハラのように、違法であることがはっきりしている問題とは異なるので、微妙な判断が必要になることが多い。

会社のために、部下の成長のために、よかれと思って、叱咤する上司もいる。指導されるほうが、厳しい上司の下で鍛えられることを是とするか、うっとおしいと思うかで、事件になるかならないかが分かれることもあり、難しい問題である。

会社にできる予防法は、パワハラについての知識をきちんと研修し、その上で、常に相手の立場に立って考えるという姿勢を心がける意識改革を行うことに尽きる。

受け継がれるパワハラのDNA

松江「新社長、就任おめでとうございます。会社も人心一新でこれからですね。会長もご満足でしょう。」

新社長「先生、僕は父と違って、開けた職場づくりをしていきますよ。先だっての事件もあれで済んでよかったですよ。彼らもわがままだったけど、父も面と向かって、馬鹿者とか、無能、とか人前で彼らをさんざん面罵してましたからね。歩く不当労働行為のような人ですよ。」

松江「え、そ、そうなの・・・。」

新社長「そうですよ。あ、こら、そ3このお前、松江先生のワイングラスがカラだろう。なんでそう、気が利かないんだ。そんなだからこないだの契約も逃すんだ。もっと考えろ」

松江(こりゃ、これからも気をつけないと大変だわ……)

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