トラブルを予防する契約書類の残し方

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「こんなこと初めて」嘆くことしきりの社長

ある日、顧問会社の社長に紹介されて、とある建築会社のT社長が相談に見えた。

T社長「先生、私は先代から数えて50年以上、何のトラブルもなく、地元で信頼される企業として、お客さまに喜ばれる家造りをしてきました。それが考えられないような難癖をつけられてしまい、お金を払ってもらえないお客さまに困っているんです。」

詳しく聞いてみると、家は完成し、自分たちとしては自信の作品であったが、お客からさまざまなクレームをつけられて困っているとのことである。

細かい点はいくつかあるが、大きな点は、以下の2つである。

  • 1.お客の要望で厨房の機器を輸入品にしたが納期が遅くなり、その分だけ木工事が遅れたことをこちらのせいだとして遅滞の損害を言われていること
  • 2.これもお客の要望で、壁の断熱材をグラスウールから吹き付けにしたことで金額が高くなったが、そんなことは聞いていないから払わないと言われていること

T社長「どっちも何度も説明していますよ。こんな特殊な機器を輸入する時間を待たされたら、段取りが皆狂っちゃって、木工事がこれくらい遅れるって説明しましたよ。また、グラスウールのよさはコストパフォーマンスなんですから、そりゃ吹き付けにしたら断熱効果は上がりますが、値段は高くなるということも散々言っていますよ。その上で、私たちはお客さまのご要望に応えようと、変更の度に職人さんも無理して手配して、できる限り応じたんですよ。それなのに、なんでこんな・・・。」

嘆くことしきりの社長である。どうも、このお客は同社のWEBサイトから来たらしい。紹介者もいないので、仲裁してくれる人もなく、最終的にそういった、難癖をつけられて追加変更工事の代金700万円が回収できないということなので、放っておくわけにもいかない。回収するためには、追加変更がお客の要望であること、そのための遅滞や、価格高騰のリスクを十分お客が分かっていたことの立証が必要となるが、さてどうしたものか・・・。

証拠の少なさに泣きを見る羽目に

結局、催告してもまったくお客が応じないので、請負代金の支払い請求訴訟に進むことになった。被告となった施主からは、案の定、工事が遅れたのは施工会社の責任だ、その遅延の損害がある、吹き付け断熱の値段が上がることは聞いていないという反論が出された。

厨房の特殊な輸入機器の発注者名は原告である施工会社となっており、当初の機器と違うものを施主の意向でやむなく変えたという立証が難しかった。さらに、断熱材の変更についても、本来であれば作成しているはずの仕様変更の合意書が作成されておらず、これも立証が難しい状況であった。

松江「価格も変わってくるし、納期も変わるんですから、なんで、仕様変更合意書とか、つくっておかなかったんでしょう。」

T社長「私は、これまでそんなものをつくったことは1回もありません。だって、お客さまが嘘を吐くなんて考えていませんし、それを前提に予防で書面を取っておくなんて、気を悪くされてしまうではありませんか?」

松江「まあ、お気持ちは分かりますが、地域社会の共同体のなかで、気心の知れている方たちだけのやりとりならともかく、一見さんとの取引については、もう少し用心しないとまずいですよね。」

T社長「反省しています。」

ようやく見つかった! 証拠のメールの束

苦戦していた訴訟活動は思わぬところから突破口が開かれた。T社長の息子さんが、品番などの確認で、施主と何度かメールのやりとりをしており、施主からの次のようなメールが発見されたのである。

「仰っていることは分かりますが、私としても一生に1度の自宅の建築なので、妥協したくないのです。時間はかかってもいいですから、輸入品の到着を待ってください。」

「耐用年数を考えると、やはり吹き付けでお願いします。値段が上がるのは仕方ないですが、極力増額を抑えていただけるよう、努力してください。」

最初のものは、社長の息子さんが、「職人の手配が難しいので、国産の厨房機器で早く決めてくれ」とお願いしたときの返事、後のは「価格を抑えてくれ」という要望のメールであった。

この証拠の提出により、まったく知らぬ存ぜぬと言っていた被告側の主張は崩れ出し、裁判所も、双方それぞれ言い分はあるが、お互いにコミュニケーション不足はあっただろうから、痛み分けはできないかという和解の打診がなされた。

結局、工事の遅滞については、原告の責任ではないことを前提としつつ、変更工事の単価について、被告も増額は同意していたが具体的な単価の合意までは確定しておらず、不明確だということになった。その他の論点も踏まえ、裁判所の指導により、被告側が500万円を支払うことで和解が成立。「言った」「言わない」の無用な争いに終止符が打たれたのである。

T社長「今回はいい勉強になりました。息子のメールに感謝ですよ。でも、私は息子の時代を考えて、WEBサイトに打って出たんですが、それがこういうトラブルを生むなんて・・・。昔はよかったですよ。地元で顔の知れた人たちに信頼してもらって、いい仕事をして、感謝してもらって・・・。」

松江「いや、社長、それを否定してはいけませんよ。生けすのなかに釣り糸を垂れていたときと違って、大海に釣り糸を放り投げればモンスターを釣り上げることはありますよ。でも、いつまでも生けすのなかで満足していては、明日はありません。用心を怠らず、常に記録を残して、くどいほど、合意書をつくるということを厭わなければ、リスクは回避できます。」

T社長「ところで、今度息子の仲人さんの自宅の改築を頼まれているんですが、やっぱり1つひとつ合意書をつくりながら進めるんですかね。」

松江「それは、杓子定規にならなくてもいいと思いますよ。今まで通り、いい人間関係を結べるなら、緩めるところは緩めていいんじゃないでしょうか。VIPということで。」

T社長「了解です。先生もVIPにさせていただきますので、どうぞ増改築の際は当社にご用命を!」

松江「いや、私はほら、借家ですから。」

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