従業員の給与に差押命令が出たら

従業員の給与に差押命令が出たら

従業員思いの怒れる熱き社長

ある日、顧問会社のK社長から電話があった。

K社長「先生、私のところの従業員が世間に顔向けできないような事をしでかしてしまいまして・・・。」

松江「どうしたの、何か、犯罪でもしちゃったんですか?」

K社長「いや、裁判所から、うちの従業員Aの給与を差し押さえるっていう命令がきちゃったんですよ、ほんとに、大馬鹿者が・・・。」

松江「いや、社長、そこまで言わなくても」

K社長「私は、常々、約束は守れって教育しているんですよ、それを借りたものを返さなくて、差し押さえ受けるなんて、私は本当に恥ずかしくて、世間に顔向けできないですよ。」

松江「借りたもの?じゃあ、金融機関が貸金の弁済をもとめているんですね。金利は法の範囲ですか?違法金利であれば、払いすぎた金利を取り戻せますよ。」

K社長「え?そうなんですか。いやいや、しかし、それでAの罪が消えるわけじゃありません。返すべきものは返さないと。私は、親御さんに代わって、Aの監督をする責任があるんですよ。」

松江「いや、従業員にそこまで責任感じなくても・・・。」

給与の差し押さえを受けたとき会社は?

結局、調べてみたら、問題となった金銭消費貸借は近年のものであり、金融機関も違法な金利は取っていなかったので、過払いの請求の問題は発生しなかった。

従業員のAさんは、妻の出産や引っ越しなどで、物入りになり、30万円のローンを借りたものの、それを返さないばかりか督促状を無視したための、強硬措置だったようである。

さて、会社としては、差し押さえに応じなくてはならないが、もちろん、給与全部が差し押さえられるわけではない。

給与から、所得税、地方税、社会保険料を控除したいわゆる「手取額」の4分の3については、差し押さえることはできない(民事執行法第152条)。

いくら約束のお金を返さないと言っても、債務者の生活を脅かしてまで回収することはできないからである。

また、この4分の3の金額が、33万円を越える場合は、この33万円については差し押さえできないことになっている(給与所得に限ってであるが、民事執行法施行令第2条1項1号)。

この従業員は月額手取りが28万円ということであるから、21万円は差し押さえ禁止となり、7万円を債権者に支払うことになる。

K社長「給与から7万円も持って行かれたら、Aはやっていけませんよ、子供も生まれたばかりだというのに・・・。そうだ、先生、こうしましょう。私が、この30万円を債権者に肩代わりして払ってあげて、月々1万円ずつ、Aの給与から差し引いて返してもらいますよ。」

松江「それは駄目です。給与は、原則その全額を支払わないといけません(労働基準法第24条)、前借り金などは明確に相殺を禁止されています(同法第17条)。社長への借金の返済を差し引いたりしてはいけませんよ。」

K社長「なんか方法無いんですか、いっそ、差し押さえ無視しちゃったらどうなりますか?」

松江「それこそ、駄目です。債権者から取り立て訴訟を起こされてしまいますよ。」

K社長「うーん・・・。」

競合からさらなる差し押さえが来た!

若干短絡的な傾向はあるが、K社長は職場のモラルの維持と、従業員Aさんの家族の幸せを守るために真剣に悩んでいた。そういう熱いところが、K社長のいいところであり、私も大好きなのである。

3日ほどして、またK社長から連絡があった。

K社長「先生、今度という今度は、もうAには愛想がつきました・・・。救いようがないですよ。」

松江「何があったんですか?」

K社長「もう一つ差し押さえが来たんですよ。あいつ、妻の出産費用だ、引っ越し費用だといっていたのに、競馬だパチンコだに浪費して、他のとこからも20万円借りていたんですよ。もう、あきれて物が言えません。」

松江「前の差し押さえは結局どうしたんですか?」

K社長「まだ、どうするか迷っていて、返事していません。」

松江「そうですか、それはよかった。では、差し押さえ相当額を供託して下さい。」

K社長「供託?」

会社は、従業員などの給与の差し押さえが競合した場合にはこれを供託する義務が生じます(民事執行法第156条2項)。

競合というのは、差し押さえ可能額では払いきれない差し押さえが重なってきた場合をいい、この場合には、それぞれの債権者の利害調整は、公平に裁判所の判断に任せることが妥当なので、必要な原資確保のために供託をします。

供託手続きは、それなりに書類の用意をしたり、お役所的な一見何を言っているのかわからない書面と取り組まなければならないため、慣れていないとかなりの負担です。

K社長「もう、こんなに会社に迷惑かけるやつ、クビですよ、クビ、それでいいですよね。」

松江「社長、気持ちは分かるけれど,それはいけません。給与に差し押さえが来ただけで解雇したりしたら、不当労働行為となってしまいますよ。」

K社長「うーん・・・。」

会社の発展のために社員のモラル維持を

結局、K社長をなだめて、供託をさせ、その後は債権者同士の法的な利害調整に任せることにした。さんざん悩んだが、ためにならないとして、借金を肩代わりすることもやめ、本人の自覚に任せることで決着した。

K社長「今回のことで、改めて、会社の発展のためには、社員のモラルの維持を常に考えないといけないなと思いましたので、社訓を定めることにしたんです。全10箇条、作るのに苦労しましたよ。」

松江「いいですねえ。第1条は何ですか。」

K社長「『足るを知る』です。」

松江「なるほど(妙に納得)。」

【故事】『足るを知る』

身分を弁えて現状の満足を知り、むやみに不満を持たない。という意。中国古典の「老子」に「足るを知る者は富み、強めて行うものは志あり」とある。

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