従業員も顧客も奪う 元取締役への対抗策

従業員が裁判員に任命されたら 実態とポイント

犯人は元取締役だ!K社長の怒り

ある日、知人の紹介で、難しい横文字の社名のA社を経営するK社長が相談にやってきた。

松江「失礼ですが、社名から業態がまったく分からないんですが、何をなさってる会社ですか?」

K社長「私の会社では、スマホ向けのデジタルコンテンツの制作と販売をしております。半年ほど前に、創業時からいた取締役Fが辞めた途端、コンテンツの制作の技術者が次々と退職し、開発業務に支障を来して困っていたんですが、そればかりではなく、最近になって当社の代理店の方たちが代理店を辞めたいという話が相次いだのです。」

この会社では、デジタルコンテンツの販売を代理店方式で行っており、代理店の頑張りによって、複雑なインセンティブを用意しているらしいのだが、最近、新代理店として加入した方が、なんと、以前この会社を辞めていった代理店から、同じようなデジタルコンテンツ販売会社の代理店にならないかと持ちかけられていたというのである。

聞いてみると複雑なインセンティブの計算などが驚くほどA社と似ている。不審に思ったK社長が、一体どういう会社の代理店だというのかと聞き出したところ、Bという会社であるという。調べてみると、なんとそのB社の代表者は、半年前に辞めた取締役Fだったのである。

K社長「これですべてが分かりましたよ。犯人はあいつです。あいつが、技術者を引き抜いて、同じようなコンテンツをつくって、さらには顧客を奪うために人脈を持っている代理店を次々に懐柔していったんですよ!」

松江「まあまあ、落ち着いてください。似たような会社の代表者に収まっただけでは、直ちに違法とは言えませんよ。」

K社長「しかし、いなくなった技術者たちも、今にして思えば、よくFとつるんでいたんですよ。あいつです、あいつが引き抜いたんです!」

取締役が責任を負う「競業避止義務」

そもそも、取締役は、会社のために忠実にその職務を執行し(「忠実義務」商法355条)、職務においては、プロとして善良な管理者の注意をもって、事務処理をする責任を負う(「善管注意義務」商法330条、民法644条)。その具体化とも言えるのが(「競業避止義務」商法356条1項)であり、取締役は、自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をしようとするときには、一定の制限を受ける。分かりやすく言えば、会社の商売敵になるようなことをしてはいけないということである。

しかし、これは現職の取締役に該当する規定であるから、当然退職してしまったら、この縛りはない。ところが、役員なら誰だって、好き好んで自分の会社が傾くようなことはしないが、退社したら別である。職業選択の自由もあることでもあるし。だから、問題が起こるのはむしろ退職取締役の行為である場合がほとんどである。皮肉である。

ただ裁判例では、競業行為はある日突然始まることは稀で、在職期間中から着々とその準備を進めていることが考えられ、必ずしも退職後の行為だけとは言えない場合も出てくる、さらにはその競業の程度によって、信義則上の責任を問うべきであるという判断に流れることも大いにあるのが実情である。

となると、退職前の行為に競業の準備があることや、実際の競業の悪質性などを立証しないといけないが、さて・・・。

執念の調査でついに証拠をつかむ

許すまじと息巻くK社長にとりあえずお帰りいただき、あらためて提出してもらった資料を検討するが、つるんでいただけでは引き抜きの事実の立証は難しいし、複雑な代理店のインセンティブ計算も独自のソフトがあるのだが、このプログラムも強固なセキュリティをかけており、Fをはじめとする退職した技術者たちのパソコンをどう調べても、ソースコードを持ち出した形跡は発見できなかった。手詰まりである・・・。

ところが半月後にK社長が、顔を紅潮させて興奮した状態で飛び込んできた。

社長「先生、出てきました、出てきました。Cという女です!」

松江「へ?女?何の話?」

社長「調査会社にCの身辺調査を徹底させたんです。びっくりしましたよ。Fは、先に辞めたうちの女性スタッフCと同棲していたんですよ。それで、その女性スタッフが使ってたパソコン調べていたら、プログラムソースをコピーしてた痕跡を見つけたんです。一スタッフのパソコンなんてノーマークだったから、出てこないはずですよ。それだけじゃありません。辞めた技術者たちとクラブで飲んでるのを発見して、後をつけたらみんなB社のある建物に入って行くんです。いや、お客さんじゃありません、セキュリティカード使って、建物開けているんですよ。」

まさに、執念の調査である。しかし、これだけでは、まだ「怪しい」の範囲を出ないが、幸いしたのは、前述した、新代理店がB社から代理店として誘われたときに、プレゼン用の代理店管理プログラムをもらっていたことであった。このソースプログラムと、A社の元プログラムが驚くほど一致したのである。

差し止め請求で和解 社長の調査費用は?

結局、これらを武器に、代理店のインセンティブ管理プログラムを使うなという差し止め請求を、FならびにB社に対して行った。

裁判ではさんざん揉めたが、ソースプログラムの出所が、Fと同棲しているA社の元スタッフCであったこと、引き抜いた技術者たちがつくっているデジタルコンテンツも、A社のものとオーバーラップしていることなどが決め手となり、裁判所が強硬に和解を勧告し、FならびにB社が代理店のインセンティブ管理プログラムを使わないことを約束させて終えることができた。この裁判の状況を代理店に伝えたことで、これ以上の離反は食い止めることができた。

社長「いやあ、先生が必要だと言ってくれたから、私は社運を賭けて調査をしたんです。よかったです。結果が出て、本当に・・・(涙)」

松江「まあまあ、失った信用を回復するのはこれからですよ。それにしても、すごい調査でしたね、一体どれくらい費用をかけたんですか。」

社長「ここだけの話ですが、数百万円です。」

松江「ひええー!!(なんか、地道な弁護士稼業が空しくなるなあ・・・。)」