従業員が裁判員に任命されたら 実態とポイント

従業員が裁判員に任命されたら 実態とポイント

裁判員制度は「現代版召集令状」

ある日、お世話になっている司法書士のS先生が、相談に来た。

S先生「先生、当たっちゃいましたよ、裁判員!」

松江 「えっ!先生が?そんなはずは・・・。」

S先生「私じゃありません、うちの従業員ですよ」

S先生の事務所は、5人の司法書士の合同事務所であり、計7人の従業員が働いている。今回S先生担当の事務員さんが裁判員に選ばれてしまったらしい。

S先生「困っちゃいましたよー。今大きな調査案件と登記案件を抱えていて、猫の手も借りたいときなのに、4日間ですよ! 4日間、休ませろですって・・・。いいんですよ、私はもちろん、国民として、協力したいと思っているんですよ。でも、なんで今なのかなあ、暇な時に当たってくれたらよかったのに・・・。全く、『現代版召集令状』ですねえ。」

任命される確率は120人に1人!?

何かと話題の裁判員制度裁判であるが、刑事司法への国民の参加を目的として、2009年5月から施行しています。原則として裁判員6人と裁判官3人が刑事事件の審理に参加し、評議を行った上で、量刑まで含んだ判決を決めるという制度である。

2004年の関連法成立にあたっては議論を呼んだが、裁判員制度施行後は日本国民の生来の真面目さに支えられ、制度として定着しつつあると言えよう。

思えば、職業的な裁判官であれば、人を死刑にすることも仕方ない判断として決行し、その重責に耐えていけるであろうが、これを法の素人である国民に負わせることになる可能性もあるわけで、よく暴動が起きなかったものだと思うことすらある。

私は、職業柄生涯任命されることはないから他人事のように言って申し訳ないが、重く過酷な任務である。

実際に裁判員に選ばれる確率は、1年間で言えば8000人に1人くらいの話であるが、1年で終了する制度では無いから、一生で考えるとだいたい120人に1人くらいの確率に跳ね上がる。これだと学校の自分のクラスにはいなくても、両隣のクラスまで合わせると、誰か1人は当たるというくらいの感覚であろうか。

従業員が任命された 労務上の問題点は?

S先生「先生、仕事が忙しいから無理ですと、本人に辞退してもらうことはできないんでしょうか」

松江「それは基本的には許されません。国民の義務として雇い主側も任務の遂行を支えなければなりませんから。特別の有給休暇を設けることさえ推奨されているくらいです。

まして、仕事を休んだことを理由に解雇などの不利益な扱いをする事は法律で禁止されていますよ(裁判員法100条)。ただ、もちろん、事業に著しい損害が生じる場合や、経済上の重大な不利益が生じる場合には辞退は認められますが、極めて例外です。」

S先生「それそれ!私にとっては重大な不利益ですよ。」

松江「雇い側の問題ではありませんよ、裁判員本人にとっての話です。たとえば、土用の丑の日にうなぎ屋のご主人に裁判員やれ、と言うような話ですかね。」

S先生「・・・。先生、話がニッチすぎます。」

有給休暇と日当は従業員への補償対応

さて、休暇は当然として、従業員が有給休暇を利用した場合に、裁判員に支払われる日当(旅費以外に1日1万以内)との関係が問題となる。有給休暇を取得していて、日当をもらったのでは、利益の2重取りではないかということである。

これについては、もともとこの日当は報酬ではなく、裁判員という職務を全うするために被るさまざまな損失を補償するものであるから、給与との2重取りにはならないとされている。

しかし、日給が1万5000円に相当する従業員が、裁判員制度裁判のために有給を取得した場合に、1万5千円から、裁判員の日当である1万円を差し引いた5000円だけを支給することにすること自体は許されると考えられている。

この場合に別のやり方として、支給された裁判員の日当を会社に納めさせて、通常通りの有給扱い(実際給与として1万5000円支給したことになる)としても結果的には同じ事である。

ただし、この方法の場合に、当該従業員の日当が6千円くらいの場合だと、日当1万円を納めさせて、有給扱いにして6000円しか支給しないことは4000円の赤字になるので、不利益な取り扱いとして許されない。要するに、裁判員になったことで従業員に具体的な不利益が出ないように、会社側は考えて対応するしかないのである。

就業規則の整備と啓蒙活動が必要

簡単に説明してきたが、120人に1人の確率で裁判員が回ってくる以上、自社の従業員を守るためには、従業員にとって、裁判員に任命されたことで不利益になることがないことを、会社の姿勢としてきちんと決めておくことが大切である。

できれば、その事態が起きてからではなく、あらかじめ、就業規則を整備し、起こり得る無用な混乱を招かないようにしておくべきである。

さらに、従業員が安心して、裁判員の職務に専念できるよう、常日頃から、裁判員裁判を傍聴したり、裁判員制度について議論するなど、市民レベルでの法制度への素養を身につけておくことも肝要である。

しかし、裁判員制度は、法制度にとって素人である市民の参加を求めることで司法の刷新を図ることが目的であるから、これらの教育はあくまで精神的な負担を軽くするためくらいに捉えておけばいい。

S先生「今回をきっかけに、皆で法廷傍聴をしてみて、何か裁判員制度が身近になりました。私も選ばれたときには全力を尽くします。」

松江「S先生、何言ってるの、先生は裁判員にはなれないよ。」

S先生「えっ!何で?」

松江「裁判員制度裁判は、法律について素人の市民の参加を求めるものですから、法の専門家である、弁護士や司法書士であることは欠格事由に当たるので、任命されないんですよ。」

S先生「えーっ!私、心に期すところあったのにーっ!」

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